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<都市>についてのレッスン
荒木経惟写真集をもとに都市を読む
※準備稿の暫定公開。内容に若干欠落等があります


東京は写真。東京は物語なのだ。
   荒木経惟『東京物語』

賢きフビライ汗よ、都市を描き出す言説と都市そのものとをけっして混同してはならないことを、あなたほどよくご存じの方はおられますまい。
ところがしかし、都市と言説のあいだには関係があるのでございます。
   イタロ・カルヴィーノ『見えざる都市』「IV. 都市と記号 5」



0. 都市の意味を問う
 「場所についてのレッスン」(※公開準備中)では、建築を題材にして、人間の活動の空間が<意味の場>として成立することを学びました。この課では、人々の日常の意味活動が生きられ、様々なコミュニケーションがおこなわれている生活空間としての<都市>について考えてみようと思います。ここでの、私たちの問いは、都市はどのような意味活動の場として生きられているのかという問いです。単一で均質なメディアのうえに成立する記号現象とはちがって、<都市>は人々の活動がもつ多様な側面にかかわる複雑で多層的なメディア空間です。都市では、経済や技術の力が街の区画や建物や交通網を変形しつづけ、それにともなって人々の意味環境が多様な変化を繰り返している。キュービストたちの絵画やフォトモンタージュをつかった作品(※参照:P.シトロエン「メトロポリス」1923年、図版準備中
)が取り出してみせたような不均質で断片化した場が寄り集まってつくりだしている複合的で力動的な都市の意味空間をどのように考えればよいのか。これが、都市の<意味論>の問題系です。

 都市を人間の意味活動の総体と考えようとする都市の意味論の方法は、まずとりあえずは、都市を言語活動のように考えることから始まります。

(ヴィトゲンシュタインは人間の意味活動を「言語ゲーム(the language-game)」という概念を使って理解しましたが、かれはその「言語ゲーム」が、「ひとつの古い都市のように考えてみることができる」と述べています

私たちの言語活動はひとつの古い都市のように考えてみることができる。狭い路地や小さな広場、新旧の家々、いろんな時代に建て増しされた家々が入り組み、その回りを、同じ形をした家々が立ち並びまっすぐな道路がのびた新しい郊外が取り巻いている。
   『哲学探究』第18節


この節でヴィトゲンシュタインが述べているのは、様々な言説の制度を古くからつくり出してきた自然言語を都市のの古くからの入り組んだ地区の家並や道路に、化学式や数学の言語のような人工言語の整然とした体系を新しい郊外にたとえることによって、都市全体の入り組んだ秩序の体系と、言語全体のもつ無数の規則性の体系とを重ねて考えてみることができるという考えです。都市はさまざまな言語の体系の集合から成り立っていると考えてみることができる、というのがヴィトゲンシュタインの発想の中心です。)

  フランスのロマン派の作家ヴィクトル・ユーゴーの長編小説『ノートルダム・ド・パリ』の第五の書には「コレがアレを殺す」という不思議な題名をもつ章があって、そこでは大寺院やゴシック建築の石の町並みが体現していた中世の意味の世界(石造建築による中世都市のメディア空間)から、グーテンベルグの活版印刷術がもたらした<活字本のメディア空間>への移行が語られています。パリのノートルダム寺院の代理司祭のピエール・ランバールは、ニュンルンベルグで印刷されたばかりのグーテンベルグ活字本を手にして、ノートルダム寺院の石の大伽藍と見比べながら「コレがアレを殺すことになろう」とメランコリックに呟くのです。石造りの街自体が大寺院という「聖書」をを中心に組織された一つの大きな書物であった時代(それは、建築家のコルビュジエが「カテドラルが白かったころ」で描いているような教会の建物が共同体の交感の中心であった時代ですが)から、活字本の普及によって紙と活字の書物によるコミュニケーションの時代への移行。ここにあるのは、コミュニケーションの変化にともなう中世の世界から近代の世界への移行という事態なのですが、それと同時に、都市もまた書物である、都市空間もコミュニケーションという視点からは、言葉のように読まれるものであるという、都市を言語や記号の体系として考えてみようという態度であるのです。ヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』が示しているのは、都市は書かれた物のように、あるいは、テクストのように読むことができる。都市をひとつの言語活動のように考えてみることができる、という考え方です。これが、都市を意味活動の織物のように考えてみることの第一歩です。

 都市を言語活動のように考えるという方法は、もちろん都市の様々な問題の複雑な次元を単純化することではないし、より正確に違いをこそ考えることを求めるものなのですが、とりあえず意味の問題として都市を考える方法意識の入り口としてはとても重要な問題提起をしてくれます。

 このレッスンでは、私たちは、東京をテーマに、都市を言語活動のように読む都市の記号論の方法の導入者であるロラン・バルトの理論言説を手がかりにして、この問題を考えてみたいと思います。そして、それと同時に、もう一人の作者の作品を手がかりに都市を考えてみたいと思います。そのもう一人とは、写真家の荒木経惟です。「天才アラーキー」と呼ばれるこの才能豊かな写真家のことは皆さんも知っていることと思います。アラーキーというと「ヘア・ヌード」や「猥褻写真」などがマスコミでセンセーショナルな扱いを受けて話題にのぼることが多いのですが、ここで焦点を当てたいのは、荒木による東京の写真です。天才アラーキーは女性のヌード写真以上に、東京の街を撮り続けているユニークな写真家なのですが、その東京をテーマにした作品を通して、東京という都市のどのような意味活動が写真の眼によって捉えられているのか、どのような「都市の物語」が語られているのかを見てみたいのです。じじつ、昭和の時代の終わりをテーマに東京の街を撮った写真集『東京物語』のなかで、荒木は、「東京は写真。東京は物語なのだ。」と述べています。「東京は物語だ」というのは、東京という都市が、物語のように語られたり語ったりするものである、ということを述べているのでしょう。そして、「東京は写真」だというのは、写真とはそのような都市の「物語」 −−ここでは都市の「意味形成力(singifiance)」というバルトの後述する専門用語を使ってもいいでしょう−− を析出する“装置”として、この卓越した写真家の写真は機能しているということを表しているのでしょう。荒木の東京の写真は、優れた写真家の都市写真がそうであるように、都市の意味活動を析出する記号活動 -- 写真それ自体もひとつの記号活動です -- となっているのです。

 ロラン・バルト自身も、1960年代の数度の日本滞在をもとに書かれた<日本>をめぐる美しい記号の書『記号の帝国』(邦訳は『表徴の帝国』として新潮社より刊)をはじめ、かれの著作の幾つかの箇所で、<東京>を題材に都市の記号論の可能性についての考察を行いましたが、バルトの理論的言説と荒木の写真とを手がかりにして、<東京>をめぐって都市の「意味作用」について考えてみたいと思います。


1. 都市は/を語る
 まずロラン・バルトが都市論と記号論とを結びつけることを試みている文章を少し読んでみましょう

都市は一個の言説(ディスクール)であり、その言説は、まさしく一個の言語活動なのです。都市はその住民に話しかけ、私たちは自分の都市を語る。ただ住んだり、動きまわったり、眺めたりしているだけにしても、私たちは、自分が現にそこにいる都市をかたっているのです。
    ロラン・バルト「記号学と都市計画」、『記号学の冒険』みずず書房所収


「都市は一個の言説(ディスクール)である」という表現は分かりにくいかもしれませんが、「言説(ディスクール)」とは、じっさいの意味活動が生み出したもの −−記号の現働態−− ということですから、都市を意味活動の現働態として考えてみることができるということを述べたものです。そして、「都市の言説は(...)一個の言語活動だ」というのは、都市の記号の現働態を言語活動のように考えてみることができるという意味です。都市を記号活動の実践系として理解し研究することが、「都市の意味論」の手がかりになるということなのです。「都市の言語活動について語るとき、喩え(=都市と言語活動との喩え)から分析に移行するにはどうすればいいのでしょうか?」とバルトは自問するのですが、その基本となる考え方について次のように述べています

都市の意味論的研究にとっての最良のモデルは、少なくとも最初のうちは、ディスクールのなかの文によって提供されると思います。そして私たちは、ここでまた、ヴィクトル・ユーゴーの昔の直観に出会います。すなわち、都市は、一個の書かれた物(エクリチュール)なのです。都市のなかを移動する者、つまり都市のユーザー(私たちはみなそうです)は、何をしなければならないか、どのように移動するかに応じて、同じ言表のさまざまな断片を取り上げ、それをひそかに現働化する一種の読者なのです。都市のなかを動きまわるとき、私たちはみな、クノーの詩集『一千億の詩』の読者ち同じ立場に立っています。そこでは、ただ一行の詩句を変えるだけで異なった詩(ポエム)を見いだすことができるのです。都市のなかにいるとき、私たちは自分でも知らぬ間に、いわばこうした前衛的な読者になっているのです。

「ヴィクトル・ユーゴーの直観」というのは、前段で紹介した『ノートルダム・ド・パリ』の頁のことです。言語学的にいえば、言説(discourse/discours)の最小の単位は「文(sentence/phrase)」ですが、「文」を生み出す言語活動のように、私たちが都市を生きることによって刻々と日々生み出している意味活動を考えてみようというのです。「都市は書かれた物(エクリチュール)なのだ」というのは、都市は住民の記号活動が生み出した痕跡の総体であるということを述べたものですし、「言表(エノンセ)」という用語もここでは、記号活動の出来事が生み出したもの −−「テクスト」という言葉で呼んでもいいかもしれません−− ぐらいの意味で使われていると理解しましょう。文章中で参照されているクノー(Raymond Queneau1903-1976)の『一千億の詩(Cent milliard de po_mes)』という作品は(※図版準備中)各頁を一文ずつの行に切り、それぞれの文を選びとることができるように工夫をこらした「コンビナトーリア(組合わせ)」をつくり、読者が10 x乗通りの“詩”を作りながら読むことができるようにした作品です。つまりバルトの見方では、都市を構成する無数の通りや街区やさまざまな目印などのそれぞれの要素を、都市の記号作用をうみだす巨大なテクストの集合をかたちづくっている要素のように考えることができて、都市のなかを移動する者は、それらの要素のいくつかを取り上げて、そのつど意味をうみだしていく「読者」のようなものだというのです。詩のテクストの断片をひろいあげて読んでいく読者がそれらのテクストを読み上げることがテクストの意味を活性化することであり、つまりかれがそのテクストのことば語ることであると同時に、それを通してそのテクスト語り始めることでもあったように、都市を歩くとき私たちは、都市を語ると同時に、私たちの日常の交通をとおして、都市私たちに語りかけている、というわけなのです。

 例えば、私たちが街を歩いているとき、ある場所から別の場所へと移動しているとき、私たちは無数の読み方のできる巨大な書物のある一頁を開いてその何行かを拾い読みし、つづいて別の頁の別の行へと移っていくようにして、都市の意味空間を現働化しているのだ、と考えられるというわけです。

 それでは、都市の記号作用はどのような要素から成り立っているのか、どのような意味作用の単位を考えてみることができるのか、という問題が次には問われることになります。言語の意味作用であれば、その構成要素を音素から形態素、構文の統語規則にいたるまで画定することができますが、「都市の記号作用」については、そのような要素単位や文法的規則性を考えることができるのか、という問いです。私の考えでも、都市の意味作用になんらかの要素単位と規則性とを見いだすことができるかどうかという点に、都市の<意味論>(=記号論)の可能性がかかっていると思われるのですが、この論文を書いていた時代にバルトが思い描いていた方向は、都市の住民や交通者が共有する「都市のイメージ」の側から都市の意味作用についてのアプローチを試みるというものでした。バルトが手がかりにしたのは、知覚心理学を手がかりに都市の「イメージャビリティー(イメージ喚起性)」を研究しようとした都市学者ケビン・リンチ(Kevin Lynch)の仕事です。ひとつの都市で生活をしたりそのなかを移動したりするとき、私たちはその都市について何らかのイメージを形成し、その形成されたイメージをもとに自分の位置や状況を把握しています。ある意味では、私たちひとりひとりの心の中に「カーナビ」のような、しかし、もっと心的なイメージにもとづいた「メンタルな地図」が描かれていて、それにもとづいて、私たちは街のなかを移動していると考えてみることができるというわけです(※「カーナビ」による街の地図、江戸時代の「江戸の地図」の図版準備中)。そのようなときに住民の心の中に形成されるイメージはどのような構成をもっているのか、街のどのような要素がそうしたイメージを形成することに役立っているのか、これがリンチが明らかにしようとする「都市のイメージ」の形成の問題です。住民それぞれがいだく都市のイメージには個人差や社会的階層やグループによる差異が存在します。しかし、そのような個人差や社会グループの差をこえて都市のイメージが形成されるときに共有されるイメージの体系としての「パブリック・イメージ」はどのようにつくられるのか、そのことを考えてみようというわけです。

 私たちがある街を思い浮かべるとき、どのような構成要素と規則性にもとづいて、その街全体や街の一角をイメージとして構成しているのか。そのようなイメージの要素がはっきりと分節されやすい町は心に思い浮かべやすく分かりやすい −−つまり、町としての「読解可能性(ligibility)」の高い−−  町であるのにたいして、そうした要素がうまく分節をつくりだしえない町は分かりにくい −−「読解可能性」の低い−− 町として経験される。

 著作『都市のイメージ』のなかで、リンチは、都市のイメージの分析に三つのレヴェルを想定しています。それは、(1)<同定性(idedntity)>、(2)<構造(structure)>、(3)<意味作用(meaning)>の三つのレヴェルです。(1)の<同定性>のレヴェルとは、都市のイメージを構成する要素がどのようなものであるかを同定することができるかどうか、どのような要素が同定されるのか、という分析のレヴェルです。(2)の<構造>のレヴェルとは、そのようにして<同定>された要素間にどのような相関関係と相互作用が成立しているのかを研究する分析のレヴェルです。(1)と(2)のレヴェルは、じっさいの都市の物理的−−現実的な構造との対応を抽出することができる<形態−形式>のレヴェルです。それに対して、(3)の<意味作用>のレヴェルは、(1)と(2)のレヴェルをふまえて、それぞれの都市生活者が都市に与えている意味付けのレヴェルで、個人差や社会的なカテゴリーや階層による差異にも関連するとされ、(1)と(2)との形式的要素や構造にもとづいてどのような意味付けの体系が生み出されるのかという具体的な意味現象のレヴェルです。

 つまり、(1)と(2)のレヴェルが、言語でいえば、言語の形式的な構成要素とそれらの要素間を結びつける範列や連辞の構造規則という、形態的な特徴と規則性のレヴェルに対応すると考えてみることができるとすれば、(3)はそれらの言語の構造にもとづいてどのような<意味>がじっさいに生み出されるのかという意味経験の具体的成立のレヴェルに対応させて考えてみることができる、ということになるでしょう。

 リンチは、都市のイメージの形式的要素と構造のレヴェル −−つまり、(1)と(2)のレヴェル−− に自分の分析を設定します。そして、都市の要素の<同定>をゆるす構成要素として、<通路(path)>、<境(edge)>、<結び目(node)>、<区域(district)>、<目印(landmark)>の五種類の構成要素を提示し、それらが相関することによって、都市のイメージの構造が成立しているのだという仮説を提出しています。

 (1)<通路(path)>とは、都市を経験する者が、実際の生活やあるいはただ街を思い浮かべるときに、そこを通って街を移動する通り路のことです。具体的には、道路、歩道、高速道路、運河、地下鉄、鉄道などです。ひとびとが都市のイメージを作るのは、この<通路>を通してなのですから、都市イメージの構成素のなかでも<通路>は第一義的に重要な役割をになうものです。

 (2)<境(edge)>は、海岸、河岸、地区を限る存在としての鉄道や道路、壁、開発の途切れる端など、街のなかの場所の拡がりの境界をつくっている“辺”にあたる要素で、その境界を手がかりにして、人々が都市のイメージをつくり出しているものです。<通路>のようにそこを通ることによって都市のイメージがつくり出される役割を果たすものではありませんが、ひとつの区域をまとまりとして思い浮かべたり、都市のアウトラインを思い描いたりするために重要な働きをする要素です。

 (3)<区域(district)>は、都市の中ぐらいの二次元の拡がりをもつ共通の特徴によるまとまりをなしている区分で、ひとびとがその中に入ることができると思い浮かべている拡がりのことです。ひとびとは、その中にいると自分たちをイメージしたり、あるいは、その外から眺められる場合は、それに対して自分を位置づけることができるものでもあります。私たちは多かれ少なかれそのような<区域>の区別にもとづいて都市をイメージしています。

 (4)<結節(node)>は、都市において交通が交差する戦略的な地点のことで、ひとびとが移動するときに、そこを入ったり出たりすることによって行き先を決定する焦点となる場所です。具体的には、交差点や駅付近などの交通の乗り換え地点、公園や広場、商業センターなど、<通路>が交叉する点、一つの構造から別の構造へと転換が起こる場所のことです。都市生活の諸構造や機能を結びつけるものであると同時に、そのような諸構造が合流している場所と定義できます。あるいは様々な活動が集中している地点であるということを考えれば、都市の<核>と呼んでよいものでもあります。

 (5)<目印(landmark)>は、外から見られる参照点で、周囲のものから際だって目立つ特徴をそなえていて、ひとびとがそこに準拠することによって自分の方向や位置を組み立てることができる役割を果たすものです。具体的に、何が<目印>になっているかについては数え切れないほどの可能性があり、それはタワーやドームや特徴のあるビルや目印になる小高い丘であることもありますし、もっと小さなもの、例えば、彫像だとかドアのノブであったりすることもあります。

 ケヴィン・リンチが挙げる以上五つの構成要素は、私たちが都市のイメージをつくるうえで、都市イメージの<分節>の単位とでもいうべきものに相当します。バルトは、「彼(=リンチ)が都市空間のなかに見いだそうとしたそれらの区切れをもった単位は、大きさこそ異なるものの(言語学のいう)音素(フォネーム)や意義素(セマンテーム)に似ている」と述べています(同書 )。街を思い浮かべたり、そのなかを移動しているとき、私たちはパウル・クレーの「都市」のデッサンのような分節単位を「範列(paradigme)」と「連辞(syntagme)」の関係にしたがって「現働化」しながら、街の意味 −−表象イメージ−− を刻々とつくり出しているのだと考えることができるのです。

 もちろんこれらの単位はいってみれば都市のイメージを構成している最小限の要素レヴェルのことであって、具体的にはそれぞれの単位は、どのような素材とどのような組織から成り立っているのか、そこにはどのような個々の意味作用(社会的・文化的意味作用)が結びつけられているのか、どのような地理的配置がその分節を可能にしているのかなどに応じて様々なヴァリエーションがあり、より細かな形態分類(都市を構成する「パターン・ランゲージ」というアレグザンダーの考え方をここで適用することもできるかもしれません)が必要でしょうし、どのような組み合わせが<構造>をつくり出すのかという分析も必要でしょう。あるいはまた、時代に応じて、それらの要素がどのような構造をつくりだし、また時代が変わり新たな要素が書き込まれることによって、その構造がどのような組み替えを受けていくのかという視点も必要となるでしょう。いずれにしても、町の<意味>や<イメージ>は、もちろんそれぞれの人間がさまざまな生活領域でくりひろげる多様な意味活動に結びついて、それぞれの人や社会グループに固有な<意味>(それが、リンチのいう<意味(meaninng)>の分析レヴェルです)として、いわば住民の数だけ多様な都市の意味として日々つくり出されているわけです。しかし、リンチの分類は、都市に生活するひとびとの都市イメージの基本的な構造とその原理とを考える糸口を与えてくれるものと考えてよいでしょう。


2. 東京という<物語>
<空虚な中心>
 東京という都市を例に、都市の意味作用について何がいえるのか、荒木経惟の写真を手がかりに考えてみましょう。ケヴィン・リンチの概念をさっそく使うとすれば、無数の<通路>、<結節>、<境>、<区域>、<目印>が組合わさり、様々な集合のレヴェルが交錯しあって、複雑で巨大な<構造>をつくりだしている<メガロポリス(巨大都市)>、それが<東京>です。最も巨視的な視点から見れば、東京は皇居を中心に組織された<首都>の構造をもっている。「空虚な中心」の周りに組織された「都市複合体」という有名になった言葉で、バルトはこの巨大都市の基本構造を言い表しました

東京は意味論的観点からみて、想像しうる最も入り組んだ都市複合体のひとつですが、やはり一種の中心をもっています。しかし、その中心は、深い壕をめぐらし緑につつまれた皇居に占領されていて、空虚な中心として生きられています。
    ロラン・バルト、『記号の帝国』


リンチの分類との関連でいえば、皇居が東京という都市全体の「読解可能性」の最も基本的な構造を決定している<目印>だということですし、東京の<区域>の組織のされ方からいえば、ひとつの<区域>から別の<区域>への交通の<結節>を、皇居付近はつくっているともいえる。さらにまた、それぞれの<区域>がそこで境界を引かれているという意味では、皇居の壕は<境>の機能を果たしているともいえます。このように、都市の“文法”の“核”になる部分は、多くの場合いくつもの機能を同時に果たしているものなのです。バルトが、東京の「空虚な中心」というとき、通常の西洋の近代国家の首都の中心部が政治や経済の活動の中心部として充満した内容に裏打ちされているのに対して、東京においては中心点がそのような活性化した機能から切り離されて、ただ<記号>としてのみ存在している、したがって、都市の<シニフィアン>としての組織がよく視えるようになっている、ということを述べたものです。

 皇居という<中心核>を頂点にして、それば、<目印>、<結節>、<境>といった複数の機能関数となり、都市の<区域>を大きくまとめあげている。まずそのように極めてマクロな都市構造を描いてみることができる。それを集合論化すると、機能関数に応じて、三つの包含関係を統合してツリー構造が描けるはずです

(※ツリー構造の図を準備中)

<パランプセスト>都市
 バルトは、東京が「想像しうる最も入り組んだ都市複合体のひとつ」であるというのですが、都市の<複雑性>は、じつは、単にその都市が多くの区域からなりたち、都市の機能的単位が極めて多様であるといった量的な問題によるものではない。あるいはまた、それぞれの要素が幾つもの働きをもっているという要素の多元的な価値の問題にのみよるわけでもありません。東京のような都市の複雑性をつくり出している最大の原因は、じつは、東京という都市の記号としての<成層>にあるといってもよいのです。<江戸>の城下町としての構造から、最も現代的な世界都市としての<東京>まで、東京という都市の表層には、様々な<構造>が書き込まれ、大きな災害(明治時代以後だけでも、東京は、1923年の関東大震災、1945年の東京大空襲、1960年代の高度経済成長、そして、1980年代のバブル経済による土地投機と、四回にわたる大規模な都市破壊を経験した都市です)によって、破壊を受け、再開発によってそれ以前の構造が消し去られ、新たな構造が書き入れられ...という具合に、記号が書き込まれては消され、新たに記号が書き込まれる、ということを繰り返してきた都市空間です。江戸の町の肌から、最も現代的な建築まで、消しては書き込まれてきた記号が成層をつくっている。このような事態は、西洋の中世につかわれた羊皮紙による写本の用語を使って、「パランプセスト(palilmpseste消された羊皮紙)」にたとえられるものです。羊皮紙が、一度写本として記号を記入されたあと、再びなめされて写本に再度使用されたもの、それがパランプセストです。一度消されてなめされた羊皮紙は、また新しく書き込まれた記号の表層の下に、それ以前に書き込まれた文字の層をとどめていて、それが時として現在の表面に浮かび上がってくることがある。そのように幾つもの記号の層が書き込まれては消され、その上に新たに書き込まれていくという記号の成層状態、これを「パランプセスト」状態と呼びます。

 東京は、この意味で、「パランプセスト都市」という特徴をつよくそなえている。無数の記号が幾層にも堆積した都市となっているということができます。

 <構造>の意味作用は<共時態>において成立するという記号の作用原理の基本特徴については、第二課(※「記号と意味についてのレッスン」、公開準備中)で述べましたが、都市の記号の共時態の組織が、それぞれの記号の成立の歴史的な不連続性に横切られているという事態を、<パランプセスト>はつくり出します。しかも現在の記号の表層に浮かび上がってくる記号の諸層は、それぞれが断片的なものですから、記号作用は決して均質的な空間として一元的に成立せずに、幾つもの意味の層が作用し合って、記号作用が混成的に成立する。<通路>にしても、<区域>にしても、それぞれが幾つもの時代の層をとどめて複雑な記号のひしめきをつくりだしている街、それが一見無秩序にみえる東京という都市のもつ特有の面白さを生んでいるといえるのです。

<遊歩>
 私たちは日常、何らかの目的にしたがって、都市の意味空間を構成する無数の要素のなかから、その意識的な目的行動のための読解に関与する要素だけをとりだして読みとり、都市空間のなかの私たちの移動の意味をつくり出しています。例えば、買い物に行くとか、仕事に行くとか、大学に行くというとき、私たちはそうした一定の目的行動のために必要な情報(=記号)を読みとって都市のなかを移動します。そしてそのときには、所期の行動のために活性化する記号以外には、意識化されることが少ない。都市がどのように私たちの移動の意味を生み出すのか、その<意味生成>のしくみについて意識化される契機は少ないのです。それはあたかも、私たちが言葉をしゃべっているとき、伝達しようとする観念や事実の方に意識が集中していて、伝達の手段とみなされているコトバ自体は、半ばぐらいしか意識化されない、どのようにコトバが意味を生み出す構造と働きをもっているかについて意識の対象とされることが少ないということに似ています。精神分析の用語をつかって、この場合、言語システムは、<意識>でなく、<前-意識>の状態にとどまっている、といってよいかもしれません。

 そこで、都市が記号のシステムとしてどのように意味を生み出していくのか  −−どのようにして<意味生成(la signifiance)>をおこなっているのか−− が可視的になるためには、都市を移動するときの目的行動を一度カッコに入れる必要があります。無目的に街の意味生成のメカニズム−−記号作用−−に身をまかせる必要がある。それが<遊歩>の態度です。目的もなくブラブラ街を歩くこと、そのことによって街の記号作用に身をまかせてみること、そのときどのような街の“表情” −−表情もひとつの記号です−− が視えてくるのかを読み解いていくこと、そのような態度こそが、都市の<遊歩者>の態度です。

 そのような<遊歩>が可能にする都市の読解について優れた省察をおこなったのは、19世紀のパリの都市における詩人ボードレールの「近代性」(「近代性(モデルニテ)」の問題については、公開準備中の次章「<いま>についてのレッスン」で詳しく触れます)を論じたヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin)でしたが、東京の町に関してなら、「日和下駄」を書いた永井荷風を挙げることができます。写真家の荒木経惟もじつは東京に関して永井荷風に通じるような<遊歩者>の視点から写真を撮り続けている写真家なのです。

 それでは、荒木という<遊歩者>の視点からの写真がどのように東京という都市の意味作用をとらえているのかをしばらく追ってみましょう。荒木の都市写真は、<写真>を<遊歩>と一致させることから始まります

豪邸(ウィンザーラム豪徳寺)を出ていつもの道を歩きながらどこに行こうかと考えた。小田急のプラットホームでやっぱり根津あたりにしようと決めた。
異人坂をあがり弥生町をぶらついた。サトウハチロー記念館があったりしてなかなかイイ。
   『東京日和』


だれでもが、ぶらぶら散策するときに頭のなかでつらつらと考えていることですが、この<遊歩>のプランニングは、すでに<通路>(=「いつもの道」)、<結節>(=「小田急のプラットホーム」)、<区域>(=「根津あたり」)、<境>(=「異人坂」)、<目印>(=「サトーハチロー記念館」)という都市の意味作用の基本的な要素単位が働いていることを示しています。<遊歩>はこのように都市記号を分節してシンタックスをつくっていきます。そして、そのような遊歩をとおして、都市がどのような<表情> −−「表情」というのはここでは意味の出来事の隠喩ですなぜなら“表情”も記号が生み出す意味の出来事だからです−− を露にするのか、その出来事を捉えようというのが、荒木の<写真>なのです。

 もちろん、リンチのいう、<通路>、<結節>、<区域>...などの要素単位は、あくまでも目安になるもっとも大ざっぱなパラダイムにすぎません。具体的な各々の都市の意味作用のパラダイムは、じっさいは無数のヴァリエーションをもつ複雑な記号の集積から構成されている。その意味では、都市の記号作用のパラダイムを構成している都市の具体的な場所は、人々の生活の無数の痕跡と自然記号の集積であるといってよいでしょう。そして、写真はアナロジックなメディアですから、そうした無数のヴァリエーションからなる記号の一瞬の配置をとらえることができます。

 荒木の遊歩は、それぞれの写真が、<通路>(写真1、図版準備中)、<結節>(写真2、図版準備中)、<区域>(写真3、図版準備中)、<目印>(写真4、図版準備中)、<境>(写真5、図版準備中)と都市記号のシンタックスを辿るのですが、それらの記号要素のパラダイムに、どのような人々の生活の<意味>が生み出されているのかを撮ろうとするのです。

 例えば、<写真1>は、世田谷の住宅街の路地の光景ですが、この小さな<通路>がつくりだす<結節>をとおして住宅街という<区域>が示されています。一戸建ての住宅が立ち並び、庭の植え込みの様子や電柱や電線の様子がリズムをつくり、道路標識や住所番地のプレートの記号が刻まれて生活の光景をつくっている。そこをおじいさんとまだよちよち歩きの孫らしい女の子が、早春の午前の光のなかを散歩してくという何とものどかな日常の一コマをとらえたショットですが、ここにすでに示されているのは、町の非常にミクロな構造をつかって住民がどのような日常の物語を生み出している姿 −−都市の意味生成作用−− を写真がとらえようとしているということなのです。もちろん、<通路>は無数のバリエーションを持ちますし(二つとして同じ道はこの世に存在しません)、<区域>や<目印>の配置も数え切れないほどの可能性があります。例えば、写真(※図版準備中)の新興団地の<通路>の図は、ごみ焼却炉がつくる<目印>と団地という<区域>を示していますが、ローラースケートをして遊ぶ女の子たちの街の“使用”の仕方は、まさにそれらの環境要素の線分をつかって彼女たちがどのように瞬間の物語を生み出しては消費するものであるのかを見事に撮しています。

 都市は、基本構成要素にあげた単位をもとにして考えれば極めて大きな<マクロ構造>から、無限に小さな<ミクロ構造>にいたるまで階層を分けて考えてみることができます。それらが、いわば機能的な集合の階層構造をつくっていると考えてみることができます。

<マクロ構造>と<ミクロ構造>
 荒木の作品では、東京の路地裏や街角の微細な<ミクロ構造>を取り出してみせる写真が、ひとびとの生活がかもしだす「東京という物語」をとりだしてみせる重要な部分を占めていますが、都市全体のマクロ構造をまとめあげている<目印>や<区域>や<境>などについての鋭い視角もまたそなえています。少し長くなりますが、その点についてのバルトの文章を引用します

あるいくつかの都市においては、非常に専門化された機能をもつ空間が存在する、ということをわれわれは知っています。たとえば、中近東の市場(スーク)の場合がそうであって、ある一つの路地には金銀細工商だけが並んでいます。東京でも、ある同じ地域のいくつかの部分は、機能の観点からみて非常に均質的であって、事実、そこにはバーやスナックや遊技場だけが見出されます。さて、そうなったら、この最初の局面からさらに先に進んで、都市の意味論的記述をこの種の単位だけにかぎることがないようにしなければならないでしょう。長い総合文のなかから文の小さな断片を取り出すのと同じように、ミクロ構造を分離しようとつとめねばならないでしょう。それゆえ、こうしたミクロ構造に到達する非常に突っ込んだ分析をおこなう習慣を身につける必要がありますが、また逆に、まさしくマクロ構造に到達する、もっと幅広い分析になじんでおくことも必要でしょう。たとえば、東京は多核型(ポリニュークレ)都市であるということを、私たちはみな知っています。東京は五つか六つの中心のまわりにいくつもの核をもっているのです。それらの中心は、なるほど鉄道の駅によってそれと分かりますが、それらをさらに意味論的に区別することを学ばねばなりません。
    ロラン・バルト、『記号の帝国』

前節で触れた、東京の「空虚な中心」についてのバルトの文章は、このマクロ構造についての文脈で述べられたものです。

 とくに、<昭和>という近代日本の国民国家の時代の終わりをテーマに、国民国家の首都空間を、写真の<物語>にした『東京物語』では、<マクロ構造>が、国会議事堂(※図版準備中)や日比谷公園(※図版準備中)などの<目印>や、渋谷の駅前(※図版準備中)などの<目印>と<結節>、銀座などの商業地区の<区域>などを通して提示され、国民国家の首都としての都市空間、政治・経済的な公共空間が示されているのに対して、狭い路地裏や風俗街、下町の界隈などの<ミクロ構造>に住まう住民の生活空間のつくりだす“物語”が対置されています。いわば、東京という首都の“公式言語”(=“大きな物語”)を<マクロ構造>が担っているとすれば、人々の語らいの“小さな物語”を、路地裏や街角の<ミクロ構造>が担っているというように...。その場合に、<マクロ構造>の公的空間を特徴づけている環境要素は、記号としての均質性と滑らかな幾何学的空間ですが、<ミクロ構造>の方は、不均質な記号素材の堆積により成り立っているというように、対比的に捉えることができます。

<都市はツリーではない>
 東京の<ミクロ構造>が、どのような意味で人々の“共生空間”になりえているのか。この問題を、荒木は、都市の「ディテール」の問題として提起します。この点に関して、荒木が陽子夫人との対話を通して与える自己解釈をすこし見てみましょう

夫 その頃、アッジェとかエバンスに凝ってたろう。要するに街のディテールを撮るのが好きなんだよね。汚いからとか、写真的ドキュメンタリーとか、そういうことは絶対思わないわけ。感性というか、感覚でディテールとか濃淡を撮る。

妻 こういうポリバケツとかゴロゴロ倒れているのがディテールになるわけ?

夫 そうそう。壁の染みとか窓のデコボコとか...。従来の写真家の基準から言うと、全くダメな記録作家になるわけよね。線路はこうなっていましたよとはっきりわかるよに撮る方が、あとの人にはわかり易いわけよ。どこだかわからなくてもいいわけよ。東京のどっかが出るだろう、それでいいわけ。


都市を機能的な意味空間へとまとめあげようとするビジネス街や官庁街の合理的で機能的な近代的空間と対照的に、東京の下町の路地裏を特徴づけているのは、幾層にも重なった、まさしく<パランプセスト>としての都市が示す「ディテール」がつくる街の襞なのです。都市の記号素材が断片化し重なり合うことで、複数の言語規則によって生み出された記号たちが断片的に重なり合って活性化し、同じ都市の<通路>の肌理の無限に多様なニュアンスをつくるようになる。もちろんそれは乱開発が引き起こした町並みの破壊と都市計画の貧困の結果生まれた町並みのつぎはぎ状態であったりするのですが、そのことによってかえって住民による街の“意味生成”の“物語”は、さまざまな意味の層と結びついていく。それぞれの街角の断片は<シニフィアン>にたとえられますが、シニフィアンが均質で定まった意味作用をうむ、<シニフィエ>が安定した記号の体制ではなく、数々のヘテロジニアスなシニフィアンがその都度活性化する、意味の<複数性>の物語へと、<パランプセスト>となった街は誘うものなのです。荒木の写真が描き出しているのは、そのような意味生成のゲームの規則が断片化し複数化した街の人々の生活の“物語”です。バルトが指摘したように、都市がクノーの『一千億の詩』のように無数の意味を生み出す瞬間はそのようなときなのです。

 「都市はツリーではない。The City is not a Tree.」。ここで、意味の<複数性>や<パランプセスト>状態を考える上で手がかりとなる都市デザイン理論のモデルは、建築家のクリストファー・アレグザンダーが提示した、「ツリー構造」と「セミラティス構造」という有名な区別です。<ツリー>と<セミラティス>というのは、集合論による区別で、ひとつの集合のなかに下位の諸集合がそれぞれのレヴェルできれいに階層をなして組織された集合を<ツリー>集合というのに対して、一つの集合の構成要素が幾つもの下位集合に包含され、集合の包含関係が入り組み絡み合った集合です。

(※<ツリー>と<セミラティス>図版準備中)


機能主義的な集合は、一つの要素の<意味>(=機能)が一義的に決まっていて、要素間の集合関係がはっきりと分かりやすい全体をつくっていますから、<ツリー型集合>に近づきます。コルビュジエが考えたように都市が機械のような機能集合体であると考えることができるのであれば、都市はツリー集合を描くことができます。ところが、アレグザンダーは、都市の構成要素は、そのような機能集合としてツリーを描けるものではなく、街角にあるドラッグストアーの例を引いて、機能関係が複数の集合へと延びていることを指摘します(「ドラッグストアー」の例は、今の日本の都市状況では、例えば、「コンビニ」のような店が果たしている機能に置き換えてみるとより具体的に分かりやすいかもしれません)
 
バークレイのヒーストンとユークリッドの街角にドラッグストアがあり、そのドラッグストアの入り口の新聞スタンドにその日の新聞が並んでいる。赤い信号のあいだ道路を横断しようとする人々は陽を浴びてなんとなく待っている。所在なく目についた新聞スタンドの新聞をながめる。信号を待つあいだ見出しを読む人もいるし、実際に新聞を買う人もいる。このことは新聞スタンドと信号とが関連していることを表す。
   瀬尾 p.63


様々な「文脈」によって結び合わされ、包含関係が混在している街角ほど、様々な“意味”が生み出されつづけている面白い場所だということなのです。それに対して、ツリー集合の関係がはっきりした機能的な“公共空間”は、様々なひとびとがそれぞれの“物語”を交通させる人間味をもった空間とは対照的に、一義的で“冷たい空間”とならざるをえない。

 『東京物語』では、国会議事堂や首都の中心部の公園が、国民国家の一義的空間として、多くの場合無人で撮影され、それとは対照的に、下町の路地裏では人々が、路地という<通路>の場所を同時に<遊び場>や<庭>や人々との<出会いの場>でもある多義的な場として多くの住民の生活の光景が撮影されていることい注目しましょう。

(※図版「キャッチボール」、「なわとび」の写真準備中)

都市の言語ゲーム
 「語の意味はその使用である」というウィトゲンシュタインの有名な定式があります。この定義を都市の意味論に置き換えてみますと、都市の要素は、それがどのように使用されているかによって<意味>が決まるものだと理解できます。東京の街の路地裏は、通行、出会い、会話、遊び、園芸など、複数の仕方で「使用」されることで、多義的な「意味」を生み出す場になっている。様々な物語がそこで生成する場になっているというわけです。その度ごとにルールが制定され、それによってゲームの要素の使用が意味をうみだす意味生成の活動を、前述のように、ヴィトゲンシュタインは「言語ゲーム」と名付けました。例えば、機能的には<通路>であっても、そこを遊び場として使用してしまえば、その路地裏は<遊び場>として<結節>の意味を持つようになります。<子どもたち>はそのような都市の生活空間の多義化、新しい言語ゲームの制定のための天才的な想像力をもっています。

 あるいは、神楽坂の歩行者天国の写真(※図版準備中)のように、<通路>が、歩行者天国という一日だけの機能のずれをうけるだけで、<結節>と化すばかりか、人々が語り合い、子どもたちが遊び、様々な人々が出会いといった多義性の場へと一挙に変容することもあります。街角が、多声的(ポリフォニック)な物語を語り始めるのはそのようなときです。
 子どもたちは都市の機能要素をつかって様々なゲームを発明することによって、路地裏を多義的な場に変えてしまう天才的な想像力の使い手たちです。そして、そのような<遊び>の発明によって、子どもたちは都市の意味生成の特権的な担い手なのです。ゲームすること、戯れること、固有のゲームを演じその規則をアドホックに作り上げることによって、彼らは都市の<言語ゲーム>を次々に発明していきます。

(※写真「都市の幸福」図版準備中)

言語とゲームの類比が光明を投げかけてはくれないだろうか。われわれは、ひとびとが野原でボール遊びに打ち興じ、現存するさまざまなゲームを始めるが、その多くを終わりまで行わず、その間にボールをあてもなく空へ投げ上げたり、たわむれにボールをもって追いかけっこをしたり、ボールを投げつけ合ったりしているのを、きわめて容易に想像することができる。そして、そのとき誰かが言う。この全時間を通じて、ひとびとはボールゲームを行っているのであり、それゆえボールを投げるたびに一定の規則に準拠していることになるのだ、と。
   ヴィトゲンシュタイン、『哲学探究』


そして、それぞれの人々が、街角を、それぞれの人たちのやり方で、<使用>し、固有の<意味>を生み出して生活しているときこそ、かれらは、それぞれが、一個の<都市の言語ゲーム>の<主体>となっているのです。

 荒木が撮っている東京の路地裏は、多義的な使用を行うことができる雑多な様相を集めている。しかも、<パランプセスト>状態と述べましたように、幾つもの断片化した都市の肌が成層して様々な意味の層につながっている。このような状態は、個々の要素を様々な意味集合のなかに次々と記入し、都市集合を<中心>の方へまとめあげるのではなく、様々な記憶の層がつくる意味のネットワークへとひらき、<日常>を無数の都市のことばの記憶の多数性へと結びつけていく。様々な人々の生活の日常の意味が出会い、それが集団的な記憶の成層と響き合っている。<一>と<多>とのそのようなネットワークのあり方を、ドゥルーズとガタリは、<ツリー構造>に対する<リゾーム>状組織ということばで表しましたが、路地の中の<日常>の<私>とは、そのような意味の複数性のネットワークのなかに成立する<都市の言語ゲーム>の<主体>のあり方なのです。荒木は、そのような<日常>の<日付>と<私>との結びつきを写真にしようとしている写真家です。

「私小説こそもっとも写真に近いと思っているからです」
「私は日常のたんたんとすぎさってゆく順序になにかを感じています」
   荒木経惟、『センチメンタルな旅』


<日付>とはミニマルなコードであり、引用のパースペクティヴである−−

コードと呼ばれるのは、ここでは、なんとしても再構成すべきであるような、リストでも、パラディグムのことでもありません。コードとは、諸々の引用のパースペクティヴ、諸々の構造の幻影であって、ひとは、その出発と回帰とを知っているだけなのです。
   ロラン・バルト、『 S/Z 』



3. 意味空間のエコロジー
社会の意味空間(le r_gime des signes, les dispositifs s_miotiques, les assujetissements, le r_gime de phrases )
 さて、都市には、様々な人々の生活の“テクスト”が書き込まれていて、それが、私たちが都市の移動のようにその要素のシンタックスを現働化することで、様々な意味を生み出す、というだけでは、まだじっさいに都市空間において起こっている意味の出来事についてまだ何か積極的なことを言ったことにはなりません。そのように刻々と生み出される意味作用がどのような「意味の体制」をつくっているのか、基本的な意味作用の要素から、都市空間が<社会空間>としてどのように組み立てられ生きられているのかを考えてみること、それが「社会における記号生活」(ソシュール)を明らかにすることであるはずです。

 <政治(polis)>ということばの語源が、<都市共同体>を指すことを思い出しましょう。都市は意味空間として、この政治的空間であるのです。すなわち、人々がどのように<共同体>の<主体>になるかが、つねに問われれている場所なのです。そして、そのような<象徴の政治>の舞台として、都市はつねに機能してきました。昔から多くの国の首都は、そのような政治的空間としての特徴をそなえています。荒木の写真にしても、たんに都市に住んでいる人々の表情を小気味よくとらえている作品としてのみ理解されるだけでは不十分なのです。

 都市はどのように生きられているか(=どのような意味空間としていきられているか)は、都市はどのような政治空間として生きられているか、という問いと重なるのです。

 この点において、都市の意味作用を、それが「<文>のようにつくり出される」と理解するだけでは不十分である。それはあくまでも出発点であって、その<文>が集まってどのような「文の体制」を作っているのかという問題にまで、踏み込んでいく必要が生じてくる。どのような<文>をつくるように規則づけられ統御されているのかという<記号の体制>についての問いが生まれてくるのです。

 それは例えば、表通りや大通りが<公的な空間>であるのに対して、路地裏の奥まった日常空間は<私的な空間>であるといった配置から始まって、都市の組織のされ方と、人間の<社会>の組織のされ方とは切り離すことができない。都市は私たちの社会生活のすがたそのものであるといってもいいのです。

 通常、都市の<区域>の機能にもとづいた記述がそのような社会としての都市のあり方を考えるときにとられる方法です。

 しかし、それらの社会的な意味作用が、都市の言語としてどのようにして生み出され生きられているのか、どのような都市の意味作用の<主体>となることで、<社会>が生きられているのか、<都市の言語ゲーム>はどのような都市の<ディスクールの配置>と<記号の体制>にもとづいてつくり出されるのか、それが<都市の政治学>を意味論として考えるときに問われる問いです。

<国民国家>の空間
 『東京物語』は、<昭和>という 日本の近代史におけるおそらく最も激動の時代の首都東京を舞台として、昭和という国民国家の最後の姿をとらえた写真集として読むことができる。昭和の国民国家の首都において、人々がどのような<都市の言語ゲーム>を演じているのか、そこにはどのような都市の<意味の体制>(<記号の体制>)がつくられているのかを取り出してみせているのです。この観点からみると、荒木の『東京物語』は、どのような都市空間において、人々がどのような<都市の言語ゲーム>の主体になっているものなのか、そしてその自体がいったい何を意味するのかを考えさせてくれる優れた写真集です。

 上に見ましたように、路地裏の写真や人々の居住空間の写真が、都市の言語ゲームの多義性の場としてとらえられているとすれば、『東京物語』には幾つかの首都のマクロ構造、国民国家の公共空間や経済活動の場所、<近代的>と呼んでいい商業地域の空間もまた提示されています。あるいはまた、1980年代後期のバブル経済期の土地投機によって無残に破壊され更地にされた場所をも撮っています。じつは、『東京物語』は、昭和の最後の年代に、初春の一日の朝の散歩から始まり、最後に昭和天皇に似た人物の消えかかった後ろ姿の肖像で終わる、<遊歩>によって踏査された<国民国家の首都空間>をめぐる<物語>となっているのです。(これは、この写真集の発行日が、昭和の終わった年である1989年の昭和天皇の誕生日4月29日となっていることにも示されています。)

 荒木の写真は東京のマクロ構造をとっています。「臨海公園」の海に面した<境>や<目印>(※図版準備中)、<目印>や<区域>としての「新宿副都心」の高層ビル群、あるいは、<境>であると同時に<目印>でもある「日比谷公園」あたりの丸の内地区、「国会議事堂」、「銀座」の商業中心地区など。さらにまた、「高島平」の方の団地や、「新宿」の歓楽街や、「神楽坂」付近の路地裏などの<区域>をカメラに収めています。そして、そのマクロ構造のそれぞれにおいて、人々がどのような<都市の言語ゲーム>の<主体>になっているのかを写真のなかにとらえているのです。そこから明らかになるのは、東京という首都空間がどのような<意味の体制>として成立しているのかという問題なのです。そえぞれの場において人々がどのような都市の言語ゲームの主体となっているのか、そして、その際だった特徴を明らかにするために、荒木は都市写真のなかに演じられた場面を挿入したりしています。

 大きく区別するならば、荒木がとらえる東京の空間は、<公的空間/私的空間>という区別のほかに、<近代的な空間/歴史的に成層した空間>、<機能的な空間/遊戯的な空間>などの対立軸にしたがって組織されているという特徴をもっています。例えば、写真(※図版準備中)のように、高層ホテルの近代的な機能空間と、鯉のぼりを立てた民家の空間とが対比されている構図は、現代建築の機能的な空間が打ち立てようとする都市の言語ゲームと、それに抗する住民の<路地裏>の言語ゲームとの対比を示すものです。あるいは、都心部の<目印>としての国会議事堂周辺や官庁中央街がほとんど無人のままに撮影されていて、路地裏で人々がつくりだしている無数の言語ゲームと対照的な光景を示していることも、国家の公的空間と人々の生活の私的空間における都市の言語ゲームのルールの差を浮きぼりにしています。あるいはさらに写真(※図版準備中)のように、新しい団地の人工的な広場に取り残されたおばあさんと孫が切り取っている意味空間と、周囲の機能空間との隔絶 −−「場違い」というのは、このような意味のずれを指す言葉かもしれません−− もまた、現代的な機能空間と人々の記憶にとどまる場所とのずれを表しています。

 あるいはまた、現代的な機能空間に住まう人々の表情をとらえた写真、さらにまた、CM写真から取り出された写真 −−例えば、新幹線車内の写真と、広告写真との対(※図版準備中)−− など、フィクション写真や“やらせ”の写真などを、荒木は、近代的な機能空間や商業空間にしのび込ませています。そして、フォーカスや奥行きといった、他の都市写真には使用していない技法を用いて、テレビドラマの心理劇の登場人物となったり、商業イメージの言語ゲームの主体となっている姿など、新しい“公的なイメージ” −− 一言でいえば、テレビや新聞やその他のジャーナリズムによってつくくられるイメージ−− の主体と化している人々の姿をとらえています。近代的で幾何学的な均質空間では、人々の住まう意味空間も、主体のあり方も変わってしまうことを、写真の映像言語を駆使することで、荒木は示してみせるのです。これは、写真というイメージ言語をつかって、人々がどのようなイメージによる<主体化=従属化>を受けているのかを取り出してみせるという、<表象>による<表象批判>、<イメージ>による<イメージ批判>を実行しているのだといえます。

 そのなかでも、「東京アリス」と名付けられた女の子が日の丸の小旗をもって、天皇誕生日の祝賀に参列しにいくという“やらせ”の写真はいったい何を意味しているのでしょう。それは、“天皇”という国民国家の“象徴”を前にして、<国民>という主体になることの虚構性を、都市の言語のなかから取り出してみせる“物語”となっているのです。そして、そのような都市の近代的なマクロ構造のなかに引き入れられれば引き入れられるほど、人々は“公的なイメージ”の言語ゲームの主体になってしまうことを暴いてみせているのです。

 それに対して、路地裏の多義性の言語ゲームの場、子どもたちの遊ぶ遊動空間では、自由な言語ゲームの場は、そのような政治的−−経済的な中心化 −−<ツリー状>化−− の都市の言語ゲームを逃れるように、<リゾーム>をのばしている。そのような絶えざる葛藤の場として、東京の無数の物語が荒木の写真では描き出されているのです。

 ここでまとめるとすると、公的な機能空間においては、都市の意味作用の単位が現働化してつくりだされる<文>を規制する体制が設けられている。均質な空間はそれ自体として「記号の体制」を成立させ、そのことによって、都市の意味生成の<主体>のあり方の枠組みをつくっている。それが人々を心理的なドラマの<主体>にしているということができる。それに対して、都市の記憶の秩序を断片として集めてそのつど住民たちがつくりだそうとする多義的な言語ゲームは、そのような国民国家の意味の体制を逃れようとする。それが、人々の生の無限の意味の一回一回の単独な出来事をつくりだす場所になっているのです。

「ノーパンのマリリン」

 このように『東京物語』を見てくることで、私たちはタイトルに使われている渋谷の駅前広場付近の広角レンズによる写真(※図版準備中)のもつ意味を理解することができることになります。渋谷の駅前広場は、バルトのいうように「多核的な都市」としての東京の五つか六つの<ハードコア>の一つとして、<結節>をつくっている。リンチの用語を使っていえば、渋谷という商業地区を指し示す<結節>の位置を駅前広場は示している。しかもそこには「109」という商業資本による<目印>がそびえ立っている。この<目印>は、シルバーメタルの塔がスクリーンの役目を果たすようになっていて、そこに様々なイメージを記入しては書き替えることができる仕掛けになっていて、それがイメージ資本主義の時代を象徴するような仕組みになっている。まさに、1980年代の「高度資本主義時代」と呼ばれた頃の<イメージ>と街との関係を端的にしめすような<目印(ランドマーク)>なのです。そして、この写真には、その<目印(ランドマーク)>に、マリリン・モンローというメディア(イメージ)資本主義の<神話素>が降臨している。街全体が、イメージ神話の記号の下におかれているという象徴的な光景です。昭和の国民国家の空間の最後期のイメージと街との結びつきがここには示されている。しかしそれだけではない。この広角レンズの撮影した画面には、イメージ資本主義のランドマークが支配する写真上部とは対比的に、画面下方ではごちゃごちゃと雑居する歓楽街の界隈の多義性の場が錯綜した様子がとらえられている。この写真全体が示しているのは、下部の人々の交通する猥雑な多義性の都市のリゾーム組織と、前面上部の消費社会の神話の仕掛けとの対比の構図なのです。そして、この写真に付された荒木のコメントは、「ノーパンのマリリン、だれも見上げない」という痛快な言葉なのです。これはまさに、人々の都市の言語ゲームと、消費社会の言語ゲームとの無関心なすれ違いを示している。ここにこそ、都市の抵抗線がひかれているんだぞということを示す写真なのです。

<都市のアルゴ船>

 荒木の写真は、東京の街の破壊の光景をそのまがまがしい凶暴な暴力の姿を、投機資本主義が街に与えた暴力の実態を暴き出してもいます。人々の生活の痕跡を更地にもどしてしまう乱開発はまさに都市の<パランプセスト>を消し去ってしまう。東京を1980年代におそった土地投機は、大地震や大戦争の災害にひとしい荒廃をこの都市に与えました。それはたんに人々の生活の場をとりあげたというだけでなく、人々の<都市のことば>を生み出す手段を奪いさる野蛮の横行でもありました。そのような都市破壊の暴力の光景を『東京物語』は多く証言しています。

 写真(※図版準備中)のように、昔からの町並みが「地上げ」により破壊され、どじょう料理屋の女将さんと猫の居住空間だけがぽっかりと取り残されてしまっている。街の言語が生み出していた多様な意味の世界が、ここでは破壊し尽くされ無に帰してしまっています。そして、そこに建つであろう新しい機能的空間はこれまでとはまったく違った意味空間とそれによる違った主体化の作用を生み出して、人々の生活世界を変えてしまう。環境(エコロジー)の問題とは、この場合、そのような<意味環境>の問題であるといえます。そのような町の変更に際して、どのような<意味環境>の変化が生まれるのかという問題に自覚的になることによって、私たちは、都市生活の<意味>を考えさせられることになる。

 「日本には建築家はいるが、都市計画がない」とは日本の都市をめぐってよく言われる評価ですが、東京を代表例とするような都市の乱開発の連続は、ほとんど全体的な都市計画の策定なしに実施されてきたといわれます。これは、例えば、19世紀半ばにパリの大改造を行った「オスマンの都市改革」と比べると、はっきりした日本の都市政策の際だった特徴です。そして、そのように景観や場所に対する全体的な視点ではなく、空間そのものを連続的に互いに不均質な場の連続体として組織するのは日本の文化の空間言語の特徴であり、それが都市政策にも影響しているのだという指摘もなされています(A. Berque)。政策的な部分までが、そのような“文化の文法”に支配されているのか、それとも、より即物的に経済的実利主義という日本の近代化の過程での価値観のゆがみがその主たる原因であるのかは、議論の余地のあるところだと思います。しかし、不均質な場の連続 −−<ヘテロトピア>− として空間の経験を組織していくという、近代以前から日本の文化のある層がもっている空間言語が、路地裏などの生活の意味空間の組織のされ方に表れているということは十分に考えられることです。しかし、それと同時に、近代的な機能空間が、均質で奥行きのある心理主義的な空間を公共空間として作り出していることも上に見たとおりです。様々な空間言語がせめぎ合って都市空間は生み出されている。東京は、とくに、近代のこの空間の葛藤を、その町並みや地区の組織の内部にとどめつづけてきました。永井荷風は、隅田川を境界にして、西と東を、近代的な都市空間(=東京)と江戸の空間との境界に立とうとしましたが、現在でも、近代化=機能空間に向かう空間の住まい方と、多義的=リゾーム化に向かう路地裏の空間使用の言語との絶えざる葛藤をあらゆる場所で観察することはできるはずです。近代的な首都の政治的経済的空間と、解釈し直しにくく多義的な記号活動がうみだす新しい都市の言語、そのようなたえざる葛藤の運動のなかで、都市は生き続けている。そのように、一つ一つの部分は破壊され消え去っても、全体としての都市の意味活動は絶えず組み替えられて無数の言語ゲームを作り出している。このような都市のあり方をバルトは金羊毛を求めて航海をおこなう、ホメロスの『オデッセイア』に出てくる「アルゴ船」にたとえています。パーツは次々に波間に消えても修理を重ねることでついにどの部分も始まりの状態をとどめているところはなくなっても船自体の輪郭は失われずに航海を続けている。そのようにいきいきと生まれ変わることができる都市こそが本来の都市なのかもしれない。都市は記念碑ではありませんから、すべてを保存するということが都市環境の基本ではありません。ただ、<意味の環境>はどのようにつくられているのか、どのような意味作用をつくりだす言語をもつのか、その可能性を何が保証するのか、など、それら全ての<意味作用>の理解なしに都市のかたちを方向づけることはできないのです。そのためにも、<都市>という人間の意味活動の場所を考える<セミオリテラシー(意味批判力)>が求められるのです。


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東京大学 大学院 情報学環 学際情報学府 / 総合文化研究科 言語情報科学専攻
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