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メディオロジー的転回の条件

初出:『現代思想』vol.24-4、1996年4月号、pp.76-85


I. U. エーコの怪物退治:「中断されたコギト」

 メディア理解に言語科学がどのように関わることができるのかという問いをめぐって、記号論からディスクール論へといたる1960年代以降の言語理論の推移と、最近フランスで言われ出した「メディオロジー」が提起していると思われる問題との接点を探ってみたいと思います。私の見方では、二十世紀の知の<言語論的転回>以降の社会理論がどのようにメディアの問題を理論化しうるのかということがここでは中心的な問題の縦糸を作っているのだと思いますが、<言語/記号>と<社会>と<技術>という三つの次元のうち第一項と第二項、第二項と第三項との間には理論分節が成り立ってきたのに第三項と第一項との間には十分な理論的な架橋がないではないかというのが「メディオロジー」の突きつけている重要な問いのひとつなのだろうと思います。

 まずマクルーハンの余りにも有名な文句「The Medium is the Message.」から始めることにしましょう。ひじょうにおおざっぱに言えば、今日私たちがメディアを考える場合、この定式からどれほど遠くまで来ることができたか?こそ、私たちのメディア批判の理論水準の指標だからです。<1960年>にこの言表が現れたのは偶然ではありません。この年は世界的にテレビの元年であり、マクルーハンのメタファーを使えば活字印刷のグーテンベルグの銀河系が電子メディア星雲のなかに全面的に貫入していったメルクマールの年だからです。そしてこの「メディアはメッセージ」という言葉の理論としての働きを考えるときには、この言表自体がもった言語行為(スピーチ・アクト)としての効果、その言語遂行性に注目することが必要です。これはもちろん陳述的な言語行為ではなく、合い言葉やスローガンとしてのことば、発話主体自身が新たな膨張を開始したメディアの運動と一致しようとする、そしてそのことによってこのメッセージを受け取る者たちをメディアの運動に巻き込み従えてゆこうとする発話だったのです。この言葉にはメディアが人間の意味の世界を変えるというひとつの鋭い明察がこめられている、と同時に、メディアとは何かと問おうとすると、ひとはメディアのメッセージのなかに巻き込まれてしまい、新たなメディアの運動の渦のなかに思考は呑み込まれ眠り込まされて集団的催眠状態におかれることになる。「The Medium is the Message.」というパロノマシス(畳語法)とパラレリスム(対句表現)からなる言表は、まさに呪文的なスローガンとして、メディアとは何かについての明察と盲目を同時に組織し、その明察と盲目の集団的な発話において「メディア」を現代におけるひとつの”マナ”に仕立て上げることに成功したのです。

 じっさい、この反射的平行表現は、そのメビウスの帯のような言表構造のなかに一瞬のうちにメディアについての思考を閉じこめてしまいます。「メディアとは何か?」、「どこからがメッセージで、どこからがメディアなのか?」、「メッセージとは何か?」と問おうとしてこのメビウスの帯を相手にする者に対して、マクルーハンが発明したこのウロロボスの蛇は「メディアはメッセージ」、「メッセージはメディア」 ...と無限のパロノマシスのこだまをかえすことで問いを凍てつかせ、相手の思考をメディアの盲目のなかにひきずりこむことに成功する。ブレイクやジョイスやマラルメの言語実験を学び、ことばの詩性についての鋭い洞察を持ち、詩的センスにみちた断片的なエクリチュールによって『銀河系』を書いた文学理論家ならではの言語戦略ですが、このように<1960年のメディアの問い>は開かれると同時に閉じられた、あるいはより正確には、開かれることと閉じられることが同時に決定しがたく起こったのです。

 さて、このマクルーハンの定式の<ウロロボス的な怪物性>に真っ先に立ち向かったひとりがウンベルト・エーコの記号論であったことは注目に値します。じっさい、エーコが1967年に発表した「中断されたコギト(Cogito interruptus)」は、記号論の立場から、マクルーハンの「メディアはメッセージ」のメビウスの帯を断ち切ろうとする最初の試みでした。大天使ミカエルよろしく怪物退治をおこなう道具立てに、エーコは、マクルーハンが使用したのとほぼ同じ概念道具をもって近づきます。それは、メディア/メッセージ/コードというやはり1950年代以降にひろまったコミュニケーション理論による概念用語の一式です。そして、エーコは、マクルーハンの怪物的円環を作り出しているのが、それらの概念連関にしたがって行われるべき推論の中断と短絡的飛躍であること(それが彼の言う「コギトの中断」です)を見抜きます。

「じっさいマクルーハンの全推論は、コミュニケーション理論の理論家にとってみれば深刻な一連の曖昧さに支配されていて、それこそが、コミュニケーションのチャンネル、コード、メッセージの間に区別を打ち立てることを妨げているのだ。道路と文字言語がメディアだというとすれば、それはチャンネルとコードとを混同することを意味している。ユークリッド幾何学と服がメディアだというとすれば、コード(経験を形式化するやりかた)とメッセージ(衣服の慣習をベースにして、私が表現したいこと、つまりひとつの内容を意味するやりかた)を混同することを意味している。....」

そして、マクルーハンの「メディア」が、「コード」でも、「チャンネル」でも、「メッセージ」でも、「コンテクスト」でもあり、それらがずらされて分節されることによって円環が作られていることを指摘するのです。

「じつに巧妙でいまや有名な定式<メディアはメッセージ>は、曖昧で相互に矛盾する一連の定式を宿していることが今やはっきりする。それが意味しうる定式は、1.メッセージの形式がメッセージの真の内容である(前衛的な文学および文芸批評のテーゼ)、2.コード、すなわち言語の構造 -- あるいはコミュニケーションのその他のシステム -- がメッセージである(...)、3.チャンネルがメッセージである(情報を運搬するために選ばれる素材がメッセージの形式、内容あるいはコードの構造を規定する...)、などである。」
(「コンテクスト」に関する箇所はこの引用の次の頁にあるが省略する:筆者)


やがて『薔薇の名前』を書くことになる若き記号論者は次のように結論します。

「(...)マクルーハンの思想の世間的な成功はまさしくこうした用語の未定義の技術と、大衆と教養主義的な新聞各紙の文化欄の黙示録的予言者にあれほどまでも反響を呼び起こしたこの<中断されたコギト>の論理によっているのだ。その意味においてはマクルーハンは全く正しい。グーテンベルグ的人間は死に、読者はいまや書物の中に、妄想的に沈潜することができるような定義の低いメッセージを求めるようになる。そうであればもはやテレビを見た方がよいのではないだろうか?」

 このようにエーコがマクルーハンの円環を断ち切ることが出来たことには、しかしある決定的な道具立てがありました。それは、「中断されたコギト」と題されたこの論文では直接名指されていませんが、マクルーハンの「メディアはメッセージ」と同じやはり1960年に発表され構造主義時代の<コミュニケーション>論のウルガータとなったヤコブソンの「コミュニケーションの六機能」という記号論図式でした。1950年代から1960年という日付に規定されてやはりコミュニケーション理論の<コード/メッセージ>という用語を借りていますが、ヤコブソンの図式自体は、プラハ構造主義を通してカール・ビューラーの記号モデルを発展させて完成させたものです。エーコが行っている「コード」、「メッセージ」、「チャンネル(コンタクト)」、「コンテクスト」の区別は、そのままヤコブソンの図式のコミュニケーションを成立させる六つのファクターを参照しています。私たちが見るべきなのはしたがって、記号論の図式がマクルーハンの円環を解くエーコの明察の武器になっているということ、メディア思考の中断されたコギトに対する批判の視座として記号論が機能したという事実なのです。

 ここからえられる言語科学とメディアについての暫定的な論点は、記号論はメディア批判にある一定の明察をもたらす役割をこの時点では果たしえたということです。このことはおそらく1960年代において記号論が特にマス・メディア現象の分析において発見的で創造的な局面を持ち得たということと無関係ではないように思われます。


II. 記号論の<盲目>
 エーコにマクルーハンの環を断ち切ることをゆるしたかに見える記号論ですが、記号の理論とメディアの理論とはどのような批判的な関係を持つことができるのでしょうか? 記号論はメディアのクリティクスとして本当に機能しうるのでしょうか? エーコの明察を裏付けたかに見える記号論ですが、じつはその記号のコギトの底にはあるひとつの盲目が宿っていたことが明らかになるまでにはそれほど時間はかかりませんでした。その盲目とはじつはそれによって記号論が構成されたメディアに関するある決定的な盲目であって、というのもそれは記号とその媒質の関係に関わるものだったからです。

 20世紀の言語科学がメディアを思考しうるか?という問いに根本的に答えるためには、この世紀における言語と記号の学がどのように成立したのかを思い出してみる必要があります。それは言うまでもなくソシュールの一般記号学の提唱にもどって考えてみることです。周知のようにソシュールの「内的言語学」は、個々の発話の音声物理的な物質性の次元、および実際の言語活動を担う個体の社会関係性の次元を捨象し、心的現実において成立する記号のシステムである「ラング」を抽出することによって成立しました。そしてこの言語記号のシステムとしての「ラング」という考え方から、ソシュールにおいては中心概念ではないもののやがて20世紀の構造主義において記号理論と社会理論とを結びつける主要な軸となってゆく<コード>(記号システムのシステム性の核であるとともに法的規則としての社会性の根幹と解釈される両義的な用語)という考え方が生まれたのでした。ウンベルト・エーコの記号論はとくに<コード>の理論という性格が強いということを付け加えておくのも無意味ではないかもしれませんし、その発想のもとにあると指摘したヤコブソンの「六機能」記号図式がまたこの年代<コード>と<メッセージ>としての定式化の枠のなかで構想されていたことはすでに述べました。発信者と受信者の対称的関係を前提することによって言語活動の本質的な社会性を隠蔽していることがしばしば批判されるヤコブソンの記号図式ですが、その場合に問題になるのも「コードを共有したコミュニケーション」という前提がはらむ問題です。ところがじつは、その<コード>の語源がじつは「文字を書いた板(コデックス)」である、つまり、コードとはそれが書きこまれたメディウムの名であった、ということを考えてみるだけでも、記号活動を可能にするとされる<コード>の形而上学的性格はにわかに揺らぎ始めるのです。記号のシステムははたして純粋形式として成立するのか?というのがこの先にある問いですが、このことは記号論の認識論的な根幹に関わる問いとして遅かれ早かれ立ち現れてこざるをえなかったのです。

 じじつ、ここでは簡単にしかふれることができませんが、ソシュールの「言語記号」の概念、そして、そのシステムとしての「ラング」の概念にもどって考えてみますと、ソシュールの言語学そしてかれの一般記号学の提唱が、「内的言語学」の論議にあらわれているように、記号の物質的支えとしてのメディアの問題と、おそらくはそれとシンメトリカルなこととして、言語活動が成立する関係のラディカルな社会性の問題を、双方ともに切り離すことによって生まれたということが見えてくるのです。ご存じのように、ソシュールにおいて記号は、物質性や身体性から分離された心的対象です。シニフィアンもシニフィエも心的な現実であって、物理的な音調とも身体的な発生の運動ともちがうレヴェルに措定されます。さらにまた、社会的な関係性は、記号の中に反映するのではなく、心的な形式としての記号のシステムこそが社会性を根拠づけるものとされるです。この意味で、一般記号学は、「社会心理学」の一環として構想されたりもするのです。そしてまさにこの心的形式としての特性ゆえに(「ラングには実体はない形式のみである」というソシュールの有名な言葉を思い出してもよいでしょう)、記号は固有な意味の次元を構成するとされるのです。つまり、ソシュールの記号学の提唱や、さらに一般化して言えば20世紀の知の「言語論的転回」は、意味作用の問題系から、記号がうまれる<メディウム>の問題の次元と、それと奇妙に対称的な認識論的位置を占める<言語活動を成立させる社会性>の問題の次元の双方ともを切り離すことによって、その<認識論的切断>を作り出したのだともいえるのです。

 世紀の初頭においてこのように記号論や言語科学を成立することと同時に行われたエピステモロジックな<排除>は、その後20世紀の知を通してたえず<抑圧されたものの回帰>を生み出します。<文字>という物質と精神の間の境位においてメディアと記号の双方を生み出す記刻の運動に依拠することで、記号の形而上学を脱構築しようとするデリダの痕跡の一般学(=「グラマトロジー」)は、そのような20世紀の<記号の思考>の無意識としての<メディアの非思考>を問う試みの代表的なものであったと言えるでしょうし、<物質>と<意味の宇宙>との関係や、<技術>と<記号>の関係についての論議は批判的思考における<メディアの残余>が回帰する場として20世紀末の知の地平にクローズアップされつつあるということなのだと理解することもできるでしょう。

 マクルーハンの怪物の環は、ヤコブソンのコミュニケーションの六機能図式が示すように記号論的に腑分けされてエーコによって断ち切られたかに見えたとしても、記号自身が成立するときに排除されたメディアの問題としてまたしてもヒドラのようによみがえる可能性を持っているというわけです。<記号>がその足下に<メディア>の影を宿しているかもしれないことは、記号と物質との関係についての問いかけから始まって、例えば、ソシュールの「パロールの回路」のような図式が電話というメディアとどのような認識論的かつ技術論的な対応を持っているか?などの問いにまで拡大しうるものです。エーコの「中断されたコギト」が、「メッセージは記号」という図式で「メディアはメッセージ」を断ち切ったとしても、マクルーハンの怪物の方は「記号はメディア」、「記号はメディア」とつぶやくことで再びよみがえり切り離された首をもたげる可能性があるというわけです。


III. <1969>:<ディスクール論的転回>
 さて、20世紀の記号論がその成立において<記号と技術>や<記号と物質>に関する認識論的な盲目をはらんでいるとして、それだけではまだ、言語の知の今日の水準においてメディアの問題と言語科学的な意味理論との関係を問うという条件は出そろったわけではないのです。というのも、私の理解するかぎり<メディオロジー>の狙いは、<技術>と<意味>と<社会>の三つの次元をトータルに連関的に問おうとする認識の運動の提唱だと思うのですが、言語科学が特に強く関与する<意味>の次元が、<社会>の次元と出会う認識論的な水準は、今日では<記号>と<社会>という分節のそれではないからです。むしろソシュールの「内的言語学」の批判こそが今日の言語知の地平であり、言語の理論、そしてさらに一般的に意味の理論と、メディアの問題との接点を探ろうとすれば、記号論以降の言語と意味の理論の到達点において<メディア>がどのような像を結ぶかを見据えて議論をすることをもとめられるのです。そしてとくに重要に思われることは、先ほど<記号>の論議の箇所で、言語活動の社会性の切り離しに触れましたが、<言語活動>と<社会性>との分節をソシュールのそれとは決定的に変える認識が1970年頃からは支配的になるということです。それは、言語と意味の理論の記号の理論から<ディスクール>の理論への転回であり、それにともなう社会理論の変容という出来事です。言語知の<ディスクール論的転回>と私はこの転回を呼ぶことにしていますが、それは当然、上の三つの問題論的次元の配置において<メディア>の問題の位相を変化させます。マクルーハンの「メディアはメッセージ」との関連でいえば、<メッセージ>の部分についての知に変化が生じた。<メッセージ>を記号でなく、<ディスクール>のタームで考えるとどのような問題の変容が起こるのか?が問われなければならないのです。

 言語論的な知の<ディスクール論的転回>の年を<1969年>と私は考えています。この年には、例えば、エミール・バンヴェニストの「ラングの記号学」が発表されます。国際記号学会の機関誌『セミオティカ』創刊号の巻頭論文であるこの論文において、バンヴェニストは「第一世代の記号学」である「記号の記号学」(=「ラングの記号学」)の終わりを宣言します。これは、ほぼソシュールの「内的言語学」の終わりをいうことにひとしいのですが、「ラングは社会の解釈項である」という有名な定式で知られるこの論文の眼目は、ソシュールの一般記号学のプロジェクトにおける<ラング>の記号学の中心性を確認すると同時に、<ディスクール>の学としての「第二世代の記号学」への移行を説いたということなのです。バンヴェニストによれば、言語記号のシステムが社会生活を構成する様々な記号システムにおいて中心的であるのは、言語システムが内的対象としての<記号>のレヴェルで成立する意味生成(シニフィアンス)(=記号論的次元)と同時に、それを超える<ディスクール>のレヴェルにおいて成立する意味生成(=意味論的次元)の双方をもつ唯一のシステムであるからであり、「第二世代の記号学」はディスクールや発話行為の固有な次元の解明をめざす「ディスクールの言語学」や「超(トランス)-意味論」(もはや「記号学」ではない一般記号学)へと向かうべきだということでした。「ラングは社会の解釈項」という定式に表された言語活動が明かす<社会性>はこのとき<記号>の社会性とはちがうディスクールの社会性となるはずだったのです。そして、じっさいに、このバンヴェニストのこの遺言的論文(彼はこの年に失語症の発作に襲われて以後言葉を全く失ったまま1975年に亡くなります)の予言どおりに、その後の言語学のは発話行為や語用論へと向かうことになります。

 <1969>を<ディスクール的転回>の年とするのはこのバンヴェニスト論文のせいだけではありません。ジョン・サールの『スピーチ・アクト』もやはり1969年の刊行です。そして周知のように、この「言語行為」論はまさにディスクールにおいて言語の社会行為性を論ずるというそれ以後の「プラグマティクス(語用論)」の流れを決定づける役割を果たしたのでした。ハバーマスなどは「語用論的転回」などとそれを呼んでいます。さらにまた、1969年はもちろんフーコーの『知の考古学』の出る年でもあります(この著作にはすでに同じ年に出たサールの『スピーチ・アクト』への言及があります)。『知の考古学』は、フーコーが『言葉と物』(1966)で記号学を歴史的に相対化する作業を果たしたあと、とくにそのなかで問題となった「秩序(ordre)」ということを(ご存じのように『言葉と物』にフーコーが本当に与えていた書名は「物の秩序」です)、言表をまとめあげる<ディスクール>の次元として理論化しようとしたディスクールの社会理論の最初の試みでした。この著作には、書物や出版や作者など、今日メディアの問題を考えるときに手がかりになる重要な論点がたくさんあります(例えば、シャルティエが『書物の秩序』においてフーコーの「作者とは何か」を批判的に継続しようとしたことが示すように)。

 この<1969:ディスクール論的転回>以後、20世紀の言語知は<ディスクール>の次元をとおして社会理論と分節化されてゆくことになります。じじつ、その後の重要な社会的批判理論、例えば、フランスではフーコー、ブルデューや、ドイツではハバーマスらの理論がすべてディスクールの社会理論として展開されたことは、このように<言語と意味の理論>と<社会の理論>が<ディスクール>の次元で出会うことを示しているのです。そして、ブルデューにせよ(『話すということ』、『芸術の規則』)フーコーにせよ(『知の考古学』)、ソシュールの「内的言語学」の批判が理論的な前提となっているのもこの事態を証明するものなのです。

 メディアの問題系と一見無関係であるかのような<ディスクール論的転回>の話を持ち出したことには明確な理由があります。私たちの出発点の問いは、誰がどのようにマクルーハンの「メディアはメッセージ」を批判しうるのか?という問いでした。ところが、この定式の「メディア」の項にだけ気をとられていたのではダメなのです。「メッセージ」の概念内包の問い直しもまたマクルーハンの定式の今日的批判のためには不可欠なのです。「メッセージ」とマクルーハンは言った。これは1960年の情報理論の「メッセージ」の意味です。エーコは、そして彼が依拠するヤコブソンも、同じ情報理論から用語を借用しつつ、<記号>の事実としてメッセージを考えています。ところが、「メッセージ」と当時呼ばれていたことがらを「ディスクール」として考え始めることは、全くちがった問題の配置、とくに意味活動の社会性をめぐる問題系の配置のなかに問いをおくことになります。

 変形文法の変換ゲームのように、マクルーハンの「メディアはメッセージ」を変換して「メディアはディスクール」と言い換えてみると見えてくるのはどのような問題連関でしょうか?このとき、<技術>と<意味>と<社会>という連関はどのような問いの場所を指し示すでしょうか?


IV. 「メディオロジー的転回」?

 「メディオロジー的転回」ということをレジス・ドブレやダニエル・ブーニューは言います。20世紀的な知の「言語論的転回」や「語用論的な転回」のあとには「メディオロジー的転回」が来るのだと...。記号現象や言語活動の象徴的次元の知の革命のあとには、社会性の概念化のパラダイム・チェンジをもたらす根本的な次元として、象徴性の成立や伝播を支える媒体や伝達作用、集団および身体の組織化の技術、媒介活動(メディエーション)や伝達(トランスミッション)に関わる知の形成が必要であると...。そして、メディアの問題を根本的に考えるためにはそのような知の形成をまたねばらならいと...。

 これはとても重要な提唱です。何が目指されているのか?、何が必要なのか?を様々な角度から検討することが求められるでしょう。

 例えば、私のように言語科学を専門とする立場からみますと、先ほどから考えて来ました「言語論的転回」との関係が気になるところです。レジス・ドブレは「私たちは記号論否定派だ」と書きます(『メディオロジー・マニフェスト』)。「知の道はS字カーブを描くのであって、記号論的な問いのあとには技術論的な問いが来るべきなのだ」(同書)と...。記号論がメディアや技術の問題を捨象することで成り立ってきたことはすでに述べました。そのことによって、技術と社会についての問いと人間の意味生活についての問いが分断され、意味活動の象徴的次元がいわば形而上化されてきたこともその通りでしょう。だとすれば、「メディオロジー的転回」を目指すとして、こんどはどのような知の配置を描くのか、その場合に、それらの知の条件はどのようなものとなるだろうか問われなければなりません。例えば、言語と意味の理論に向けられるであろう問いとはどのようなものになるだろうかというようなことを考える必要が出てくるでしょう。そしてそれら一連の問いのなかでは、「メディオロジー的転回」において「記号論的転回」からさらに「S字カーブ」を描くとして、そのS字カーブが、マクルーハンの「メディアはメッセージ」のメビウスの帯のように、問いを逆戻りさせてしまいはしないか?という問いもまた問われることを求められることになるでしょう。

 その際にとくに重要と思われるのは、「記号論」から「メディオロジー」へ、記号によるメディアの捨象から、メディウムの知、メディエーションの知へと一気に進もうとするのではなくて、上に述べました言語知の<ディスクール論的転回>とそれにともなう<ディスクールの社会理論>とをどのように考えるかということが非常に大きなポイントになると思います。なぜなら、繰り返しますが、20世紀も末の現時点において、「言語論的転回」とそれに平行した「社会理論の転回」は、もはや<記号>ではなく<ディスクール>を軸にそのエピステモロジックな配置を描いているのだからです。

 レジス・ドブレがいうように「メディアはメッセージ」の<メディア>を「メディエーション(媒介作用)」一般として理解すべきであり、その場合に「メディエーション」には、たんに技術的支えとしての「メディウム」だけでなく、象徴系の上部構造を支える媒介者(メディエーター)の集団身体組織という社会性を考慮に入れるべきだとすると、マクルーハンの「メディアはメッセージ」を問題化する20世紀末の現時点での知の配置の問題式は「<メディエーション>は<ディスクール>?」ということになるでしょう。<メディオロジー>がいう<メディエーション>と、<ディスクール>の意味論/社会論がいう<ディスクール>との出会う地点において両者の認識論的関係を問うこと、それがおそらく現在において<メディオロジー的転回>の条件の問いになるはずです。「メディアはメッセージ」からどれほど遠くそれを批判しつつメディア/メディエーションの問いを立てられるか? <メディオロジー的転回>と<ディスクール論的転回>とはどのようなエピステモロジックな関係に入りうるのか、あるいは相互排除的なのか? これら一連の問いこそ<メディオロジー的転回>は可能かを問う問いとなるはずなのです。


V. <発話の機械状連結>: ドゥルーズ−ガタリへのオマージュ!
 <メディオロジー>が提起しているような問い、集団的身体組織において媒介されてゆく<技術的-象徴的-社会的>連関の問い、このような問いは、全くちがった用語と概念によってですが、最近亡くなったドゥルーズとガタリとが『資本主義と分裂症』の二巻において立てていた問いでもあります。<メディオロジー>に対しておそらく哲学的に問われねばならないのは、それが中心概念にする「メディエーション」や「トランスミッション」といった概念がどのような哲学素にもとづくのかという問いですが、ドゥルーズとガタリの場合には、それらの現象を「機械」や「身体」の「連結」として概念化してゆきます。

 レジス・ドブレも、マルクス主義の運動においてそのドクトリンよりもレーニンのような組織者、メディエーターと、党のようなトランスミッションの集団的身体とその表現の意義を強調しますが、ドゥルーズ-ガタリもそのようなプロセスを分析して見せました。レーニンについての『ミル・プラトー』の次のような箇所は明白なモチーフの重複を見せています。

「集団的で恒常的な言語と変数的で個的な言語行為とを区別する余地はない。抽象的機械はつねに単独であり、集団あるいは個人の固有名で指されるのに対して、発話行為の連結は個人においてもグループにおいても常に集団的でなものなのだ。レーニンという名の抽象的機械とボルシェヴィキの集団的連結といったように...」
   『ミル・プラトー』127頁


もちろん理論構成がちがいますから同一には論じられませんが、メディオローグが<伝達作用>というところをドゥルーズ-ガタリは<連結>といいます。メディオローグが、技術だとか機械連関という言葉で指す技術論的レヴェルをかれらは<機械>の全面性という概念で理論化しようとします。発話行為は決して個的なものでなく、つねにすでに「集団的連結」として実現するのだ、そして、その集団的連結はそのプロセスを構成する身体の「機械状の」(メディオロジーでは「技術論的な」)連なりであるのだという考え方は、ほとんどそのまま<メディオロジー>に翻訳可能なのではないでしょうか?

 記号論や「内的言語学」の批判ということについては、次のような箇所をそれを実行しています。

「言語が不均質な可変的な現実であることは誰でも知っているのだから、言語学者たちが科学的な研究を可能にしようとして均質なシステムを切り取ろうとする要請は何を意味するのだろう?可変数から常数をとりだすこと、可変数のあいだにある常数的な関係を決定することが問題とされているのだ(...)。しか、言語がそれによって研究対象となる科学モデルと、それによって言語が均質化され、中心化され、標準化され、メジャーで支配的な権力の言語になる政治モデルとは一体なのだ。」
   同書


ドゥルーズ-ガタリの<メディア論>というようなことが考えられるとすれば、機械や身体の「機械状連結」と「集団的発話」をつなぐ幾つかの論点についての理論的な検討がどうしても必要に思われます。その論点とは、(1)彼らの用いる非常に特殊なイエルムスレウの記号論が<記号>と<媒質>について何をどう理論化しているか?、(2)かれらが集団性を語るときの「多数性」の論理がどのような哲学素にもとづいているか?(3)同じく「連結」とはどのような概念か?(4)「発話行為の集団的連結」はどのように<ディスクール>理論と接点を持つことができるのか?、などです。

 最後にこうした問題の手がかりになりそうなことがらを言語科学の側から提示しておきましょう。「発話の集団的連結」というような問題を考える手がかりは例えば「自由間接話法」の理論です。ひとつの発話はどのように複数の発話を含むのか。これらは、バフチンに始まり、バンフィールドやデュクロにつながってゆく理論化の蓄積を持っています。この問題系は、「伝達」や「メディエーション」や発話の「集団性」を理解する糸口になるでしょう。最近話題になったアンダーソンの『想像の共同体』における小説や新聞のメディア革命と「ネーション」という集団的身体の成立の分析を深めるためにもこのような視点は役に立つでしょう。「ネーション」もまたすぐれてメディオロジックな問題だからです。

 結語として技術と身体による社会批判の達成として『アンチ・オイディプス』にもう一度オマージュを捧げたいと思います。

「いたるところすべては機械だ、これは決してメタフォールではない!」
   ドゥルーズ-ガタリ

付記:
本稿は、昨年11月に東京大学大学院言語情報科学専攻主催で行われた「日仏メディア学シンポジウム'95」の発表に手を加えたもの。<メディオロジー>については、本号に訳出したレジ・ドブレの論考を読んでいただきたい。


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東京大学 大学院 情報学環 学際情報学府 / 総合文化研究科 言語情報科学専攻
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