講演とシンポジウム
> 技術と時間 ベルナール・スティグレールの思想をめぐって
国際シンポジウム(05年12月17日〜19日)
技術と時間 ハイパー産業時代に立ち向かう哲学
ベルナール・スティグレールの思想をめぐって
「象徴的貧困」の診断から「民主主義の頽落」の告発へ、情報テクノロジー文明を根底的に批判し、「精神の政治学」を提唱する、『技術と時間』の哲学者ベルナール・スティグレールを招き、「ハイパー産業時代に立ち向かう哲学」を討議する。
■12月18日(日) ※同時通訳付き
シンポジウム「精神のテクノロジー、精神の政治学」
東京大学教養学部 18号館ホール 東京都目黒区駒場3-8-1
>>アクセス >>学内地図
第1部 10:00〜12:00
導入講演「情報文明の中の居心地の悪さ」
石田英敬(東京大学大学院情報学環教授)
基調講演「ハイパー産業時代に立ち向かう哲学(仮題)」
ベルナール・スティグレール(哲学者/IRCAM所長)
司会:小林康夫(東京大学大学院総合文化研究科教授)
第2部 14:00〜17:00
ラウンドテーブル「文化産業批判の現在」
ベルナール・スティグレール、小林康夫、石田英敬、吉見俊哉(東京大学大学院情報学環教授)、北田暁大(東京大学大学院情報学環助教授)ほか
■12月19日(月) ※同時通訳付き
講演「ヨーロッパを構成する」
日仏会館 1階ホール 東京都渋谷区恵比寿3-9-25 >>アクセス
第1部 15:00〜18:30
映画上映『イスター』(英語版での上映、日本語字幕なし)

第2部 19:00〜20:30
討論:ベルナール・スティグレール、渡邊守章(東京大学名誉教授、放送大学前副学長) 、西谷修(東京外国語大学大学院地域文化研究科教授)、石田英敬
協力:日仏会館、 国際哲学コレージュ
■12月17日(土) ※一般公開しますが、研究者による専門的討議です。通訳なし。
セッション「批判を再構築する」
東京大学教養学部 ファカルティハウス セミナー室 東京都目黒区駒場3-8-1
>>アクセス >>学内地図
14:00〜17:00
発表者:ベルナール・スティグレール、石田英敬、原宏之、西兼志、高畑一路、阿部卓也 ほか
主催者挨拶
ポスト構造主義の次の世代を代表する現代フランスの最も重要な哲学者ベルナール・スティグレール(Bernard Stiegler)が来日する。
ヒトが「直立」したとき、人類は「手」と「脳」の解放を経験した。手は「道具」を生み出し、脳は「コトバ」と「シンボル」をもたらした。コトバやイメージを書き取る「技術」として「文字」や「絵」が発明されたとき、人類の「記憶」に何が起こったのか。現代の情報コミュニケーション・テクノロジーを真に理解するためには、原理にまでさかのぼって思考する必要があるのだ。「技術」が「意味環境」をつくる「世界」において「ヒトが在る」とは何か、技術とテクノロジーの存在論がスティグレールの根本モチーフである。
フッサール現象学とハイデガー存在論をベースに、デリダのグラマトロジーを手がかりにしてルロワ=グーランの先史学を読み直し、シモンドンの技術哲学を継承発展させ、彼のmagnum opus(大いなる仕事)の書名でもある「技術と時間」の問いを、哲学者は錬え上げてきた。情報科学の素養をもち、工学者や情報科学者とともに1980年代から研究プロジェクトを立ち上げ、新しい国立図書館の電子アーカイヴを構想し、INAやIRCAMといったマルチ・メディア研究機関での研究開発を主導してきた経験が、スティグレールのテクノロジー批判に、他の追随を許さない圧倒的な洞察の拡がりを与えている。
文化産業や情報メディア産業と呼ばれ、人びとの「意識」を生み出す「精神のテクノロジー」産業が、私たちの世界を覆っている。「ハイパー産業の時代」における「文明のなかの居心地の悪さ」の深刻化を受けて、「象徴的貧困」に立ち向かういかなる「哲学」の企てが可能か。情報化による「エントロピー化」に抗して、ヒトという存在の「非−分割性」はどのように思考可能であり、「単独性」の美的経験はいま新しく組織することができるのか、ラディカルな「精神の政治学」の問いへと、スティグレールの仕事は私たちを誘っている。その問いの冒険へと私たちは審問の歩を合わせるべき時であろう。
石田 英敬(東京大学大学院 情報学環 教授)
主催:東京大学 石田英敬研究室
共催:21世紀COE次世代ユビキタス情報社会基盤の形成、21世紀COE共生のための国際哲学交流センター
問い合わせ先:〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1 東京大学 教養学部 石田英敬研究室(TEL 03-5454-4939)
■スティグレール既邦訳著作一覧(05年12月時点)
・「レジス・ドゥブレの信」(廣瀬浩司訳、『現代思想 特集:インターネット』1996年4月号、青土社、所収)
・「ルロワ=グーラン」(暮沢剛巳訳、『現代思想 特集:メディオロジー』、2000年7月号、青土社、所収)
・「ハイテクが生む大衆の阿片」(ジャヤラット好子訳、『ル・モンド・ディプロマティーク 日本語・電子版』、2000年8月号、所収)
・「リーディング・マシーン」(原宏之訳、宮下史朗・丹治愛編『シリーズ言語態第3巻 書物の言語態』、東京大学出版会、2001年、所収)
・「歪んだ記憶」(荒原邦博+荒原由紀子訳、カトリーヌ マラブー 編『デリダと肯定の思考』、未來社、2001年、所収)
・「欲望、文化産業、個人」(逸見龍生訳、『ル・モンド・ディプロマティーク 日本語・電子版』2004年6月号、所収)
・「競争原理に対抗するヨーロッパ」(逸見龍生訳、『ル・モンド・ディプロマティーク 日本語・電子版』2005年6月号、所収)
・『テレビのエコーグラフィー デリダ〈哲学〉を語る』(ジャック・デリダとの共著、原 宏之訳、2005年、NTT出版)
・「記憶産業/記憶のテクノロジー:「象徴的貧困」を超えて」(聞き手 石田英敬、西兼志訳、『InterCommunication』2006Winter号、NTT出版、所収)
→ページの先頭に戻る
|